国立病院・療養所
結核院内感染防止のための指針







地方医務局長協議会




巻頭



 近年の感染症に対する関心は、エボラ出血教、O-157などの新興感染症やエイズに向けられており、結核は医療従事者の間でも関心が薄くなってきています。
 確かに、結核の死亡率は昭和26年には10万対111.1人であったのが、平成7年は2.6人まで低下しています。しかしながら昭和60年頃から、結核罹患率の減少速度に鈍化する傾向がみられるようになっており、特に39歳以下の若年者にその傾向が顕著です。また、最近は学校や事業所において結核の集団感染が多く報告されており、医療機関もその例外ではありません。
 病院・療養所では手洗い、マスクの使用、あるいは器具・室内の消毒等基本的な対応は当然のこととして励行しなければなりません。院内感染の防止には感染源となる患者の早期発見と適切な治療が必要であり、数週間続く咳をしている患者や職員などは結核にかかっている可能性が高いので注意しなければなりません。特に結核診療を対象としていない施設においては、職員一人一人が感染防止についての基本的な知識を有していなければなりません。
 地方医務局長協議会では新しく「指針」を作成いたしました。日常の診療・検査・看護に活用していただき、結核の院内感染や集団発生を未然に防止して下さることを期待しております。
 本「指針」の作成にご協力下さった「委員」各位に御礼申し上げますとともに、ご指導いただいた政策医療課・職員厚生課に謝意を表します。



平成10年3月
地方医務局長協議会




目次:
はじめに
第1章 結核症の診断手順
(フローチャート1、結核症の診断手順)
1 問診
2 喀痰検査
3 胸部X線検査
4 ツベルクリン反応
第2章 結核菌が検出された時
(フローチャート2、結核菌が検出された時)
1 喀痰中から検出された時
2 喀痰以外の検体から検出された時
第3章 肺結核であることが判明した時の対応
(フローチャート3、肺結核であることが判明した時 の同室患者ならびに医療従事者への対応)
1 対応にあたり考慮すべき事項
2 同室者に対する対応
3 医療従事者に対する対応
4 予防内服
5 病室や寝具の消毒
6 定期外検診
第4章院内感染防止委員会
第5章部門別の院内感染防止対策
(フローチャート4、外来の結核診療システム)
1 外来
2 救急外来
3 気管支鏡を扱う内視鏡検査部門
4 手術室
5 人工透析室
6 細菌検査室
7 病理検査室
8 小児科病棟
9 精神病棟、重症心身障害児病棟
10その他
第6章その他の対応
1 非定型抗酸菌症
2 在日外国人結核
第7章 結核に関する諸手続と公費負担申請
(フローチャート5、結核に関する諸手続と公費負担申請)
第8章職員及び看護学生等の健康管理
文献
参考資料
結核の院内感染防止マニュアル作成委員会名簿




はじめに:

結核の院内感染は
(1)結核を鑑別診断に含めなければならないのに検査が遅れ、検査結果を見ることすら遅れた場合、
(2)救急外来で結核の可能性を全く考慮することなく救命処置を行い、大量の結核菌の曝露を受けた場合、
(3)生前に結核が疑われたが、病理解剖時に特別の注意を払われなかった場合、など
結核を予測していなかった時、結核の診断の遅れのある時に発生することが多い。

結核の院内感染防止策の基本は
(1)結核菌の排菌の疑いのある患者或いは医療従事者等を速やかに発見、診断に努める。
(2)排菌の可能性が濃厚である時、確定診断が得られるまで、あるいは結核を否定できるまでは結核患者として対応(一般病棟入院患者であれば個室に収赤)する。
(3)医療従事者の感染防衛策はマスクの着用で、患者にもマスクを着用してもらう。など
結核を鑑別診断の中に含めて診療することそして結核の可能性を含めて対応すること が重要である。






フローチャート1、結核症の診断手順

第1章 結核症の診断手順

1 問診

肺結核の症状は

 持続する(3週間以上)咳そう、喀痰(血痰や喀血)、胸痛などの呼吸器症状のほか、発熱、倦怠感食欲不振、体重減少

など様々である。持続する(3週間以上)咳そうあるいは一時中断があっても繰り返す咳そうの場合は肺結核を疑わなければならない。原因不明の発熱が主症状の場合も結核を鑑別診断に含めなければならない。自覚症状が無く健康診断で胸部X線検査異常を指摘され、初めて肺結核と診断された症例も多い。
 既往歴に結核症のあるものは再発、再燃の可能性を絶えず考えなければならない。
 次のような合併症あるいは基礎疾患などは結核の悪化増悪の危険因子となる。

糖尿病ステロイドあるいは免疫抑制剤投与中、胃潰瘍などの消化管潰瘍や消化管手術歴、肝硬変、塵肺、慢性腎不全で人工透析中、悪性腫瘍、HIV/AIDS感染症
これらの危険因子がある時には結核の「内因性再燃」を起こしやすいので注意しなければならない。HIV/AIDS患者は非定型的な結核症を合併することが多く必ず鑑別診断に含めなければならない。

2 喀痰検査
結核菌を検出するための喀痰検査には
 (1)塗抹検査、
 (2)培養検査、
 (3)核酸増幅法(PCR法など)による検査法
がある。
 いずれの方法であっても病巣部からの喀痰が採取されなければ結核菌の検出は不可能である。唾液ではなく喀痰を採取してもらうように患者に説明する。早朝に採取する喀痰が検体として良い。喀痰が少ないか出にくい時にはネブライザーを行った後に喀痰採取を行うかあるいは胃液採取を試みる。
 検体採取容器はネジ蓋式のものの方が望ましい。スナップ式は開閉時に飛沫が生じる危険がある。
 結核菌の検出率は提出する検体数が多ければより高くなるが、経験的に3回行っている。喀痰検査を3回行ったが、塗抹検査はいずれも陰性の場合には培養検査または核酸増幅法による検査結果を待たなければならない。一方肺結核が最も疑わしい時には病巣部から喀痰が出ていないことも考え、1〜2週間後に再び3回の喀痰検査を繰り返す必要がある。喀痰検査で「陰性」は必ずしも「肺結核」を否定できるものではなく、その時点では確定診断がつかなかったと考え、引き続き検査を行う。

それぞれの喀痰検査法の長所、短所は、
 (1)塗抹検査は短時間(1時間以内)に結果が判明するが、排菌量が少ない時には検出困難である。診断の遅れを防ぐために塗抹検査は少なくとも自施設で行うことが出来るようにする事が望ましい。
 (2)培養検査は塗抹検査の検出限界を補うことになるが、結果が判明するまでに少なくとも4週から8週間を要する。塗抹検査では結核菌の他に非定型抗酸菌も陽性と判定される。結核菌か非定型抗酸菌かを判別するための菌種の同定検査が必要であり、培養検査は欠かせない。同定検査に加えさらに薬剤感受性試験も欠かすことが出来ないので通常結核菌の培養検査は塗抹検査と並行して行う。
 (3)核酸増幅法(PCR法など)は結果がほぼ半日で判明する迅速な検査法である。感度は理論的には最も高いとされるが、実際には培養検査とほぼ同等である。検査結果の判明までが迅速であること、結核菌と一部の非定型抗酸菌については同定検査が同時に出来ることが核酸増幅法の利点である。 核酸増幅法は現時点では保険請求上から1ヵ月のうちに複数回は認められない(ただし喀痰と髄液胸水等の場合は検体が異なることを明記すれば複数検体は可能である)。
 核酸増幅法(PCR法など)については死菌(培養検査の培地上で発育しないような菌)を検出することもあるので従来の塗抹、培養検査を同時に行い、結果を総合的に判定する必要がある(資料1)。

 治療中や経過観察中は月に少なくとも1回喀痰検査を行う。この場合には塗抹、培養検査を行う。核酸増幅法を用いて結核症の臨床経過を判断することは行わない。

3 胸部X線検査
 X線陰影の性状、解剖学的構造を分析することにより結核の診断を下すことはある程度可能である。初めに胸部正面単純撮影をして、病巣が疑われる時には側面、断層撮影さらに要すればCT撮影も行う。読影にあたっては専門家の意見を求める方がよい。
 肺結核の病巣の多くは肺尖部に多いが、下肺野特に心臓陰影に重なる時には正面単純撮影だけでなく側面撮影が役立つ。肺門部や縦隔リンパ節病変はCT撮影が役立つ。肺野にある病変についても最近のCT撮影によれば気管支造影に匹敵するほどに気管支病変の所見をつかめることがある。
 高齢者や細胞性免疫の低下した患者の肺結核が最近多くなっている。この場合の肺結核は下肺野(肺門部より下に病巣が存在する場合「下肺野結核」と呼んでいる)に病巣があり、空洞形成像ではなくびまん性浸潤像などの非定型的な胸部X線像を示すので注意しなければならない。

4 ツベルクリン反応
 ツベルクリン反応は結核菌感染後の免疫獲得を見ているものであり、結核症の発病の有無は分からない。感染があれば発病は当殊予想されるが、結核菌感染後に全てが発病するとは限らない。わが国ではBCG接種が行われているので、ツベルクリン反応陽性がBCG接種によるものか新たな感染によるか判別がつきにくい。新たに実施したツベルクリン反応の発赤径が大きい時、二重発赤、水泡等を伴う時は濃厚感染を示唆し、発病の可能性も高くなるので診断の参考としている。一般的には発赤径が前回のツベルクリン測定値より10mm以上大きくなった場合を「有意に発赤径が大きくなった」としている。
 ツベルクリン反応の結果が陰性であっても必ずしも結核を否定できない。次の場合にはツベルクリン反応は陰性となる。

1.結核感染直後(自然陽転まで3〜6週間)
2.結核の極期(粟粒結核、重症結核など)
3.HIV/AIDS、麻疹、猩紅熱の罹患、サルコイドーシス、麻 疹やポリオの予防接種後。
4.副腎皮質ステロイド、免疫抑制剤や抗癌剤の投与中。
5.癌の末期や消耗性疾患、皮膚の反応の低下した老人。
6.皮内注射手技の不適当。
7.陽性アレルギー(陽転後完全に治癒したとき)


 ツベルクリン反応は過去の成績と比較することが重要であるので発赤や硬結の大きさを正確に記録しておく。計測値の記載方法は発赤ならびに硬結部位の縦、横の直径を計測しているが、今日では長径のみ計測し記載することも行われている(文献1)
  ツベルクリン反応の施行と判定は経験のある医師または看護婦が行うことが望ましい。

ツベルクリン反応の二段階試験
 BCG接種後10数年を経過するとツベルクリン反応は陽性を示さなくなることがある。しかし再度ツベルクリン反応を施行すると前回行ったツベルクリン反応より大きな発赤径を示すことがある。これはBCG接種により獲得されたツベルクリン液に対する反応性が前回のツベルクリン反応検査によって回復し(ブースター現象または回復効果)、反応が強く現れることによる。そこでこのブースター現象または回復効果と「新たな感染により」発赤径が大きくなったことを区別する必要がある。
 そこで第1回目のツベルクリン反応検査から2週間後に第2回目のツベルクリン反応検査を再度施行する。そして第2回目のツベルクリン反応計測値を、その後のツベルクリン反応検査の基準値とする方法が勧められている。これを「ツベルクリン反応の二段階試験」と呼んでいる(文献2)






フローチャート2、結核菌が検出された時


第2章 結核菌が検出された時
1 喀痰中から結核菌が検出された時
 塗抹検査が陽性の時は非定型抗酸菌症も含まれ、同定検査結果が判明するまではすべて「肺結核」として対応せざるを得ない。検出を目的とした核酸増幅法でも検査法を組み合わせれば結核菌と一部の非定型抗酸菌(現在ではM.avium,M.1ntracellu1are)の同定結果が判明する。
 医師は「結核」と診断した時には最寄りの(管轄)保健所長に患者発生届け(結核予防法22条)を2日以内に提出しなければならない(資料2)。

 喀痰塗抹陽性肺結核患者は結核患者を収容する施設を有する病院(結核療養所など)に入院を勧める。転院にあたっては患者ならびに家族に、対応についてのインフォームドコンセントを行う。

 転院先が見つからないかあるいは満床のために直ちに転院が困難な場合あるいは外科術後患者や慢性腎不全で人工透析中など病状が重篤で直ちに転院が困難な場合には転院が可能になる時まで患者を緊急避難的に個室に隔離する。
 医療従事者はマスクを着用し診療、看護に当たる。患者にも診察時や病室より出る時はマスクを着用してもらう。また咳そう時にはタオルやハンカチで口を覆い出来る限り喀痰の飛散を避けるよう患者に指導する。

   医療従事者のマスクは通常のサージカルマスクではなく、米国CDCの結核ガイドラインに定められる微粒子用マスク(タイプN95マスク)や高性能マスクなどを用いることが望ましい。

 喀痰塗抹陽性結核患者を隔離した病室(個室)では汚染が強く予想される場合を除いてガウンテクニックをする必要はない(予防衣を着用することに越したことはない)。病室の入、退室時の手洗いは他の一般感染症の場合と同じでよい。また患者の食器や衣類については特別の扱いを必要としない。
 転院先が万一見つからない時には管轄保健所に相談すると良い。転院までに時間を要するので化学療法を開始する時には、後の転院先での治療に十分役立つように結核菌の培養、同定、薬剤感受性検査を含めて行ない、菌株を保存しておくと良い。
 外来患者では次のようなことも想定される。喀痰塗沫検査は3回の検体すべて陰性であった。培養検査は判明していないが結核が最も考えられるので化学療法を開始した。化学療法を開始して1ヵ月後に培養検査結果が陽性と判明した場合は、その後に結核菌の排菌がなければ外来にて治療を続行して良い。ただし初めは排菌のない症例として化学療法が開始され、投与薬剤が不十分である例も多い。そのような症例は専門家と相談するか確定診断が得られた時点からでも薬剤数を増やして十分な化学療法に変更する。

2 喀痰以外の検体(例えば胸水、尿あるいは生検材料)から結核菌が検出された時
 胸水、尿あるいは生検材料から結核菌が検出された場合には(「特に感染性と考えられる肺外結核」患者でない限り)一般病床に於いて結核症の治療を行うことができる。
 この場合も医師は「結核」と診断した時、最寄りの(管轄)保健所長に患者発生届け(結核予防法22条)(資料2)を2日以内に提出しなければならない。入院治療をする時には7日以内にさらに患者入院届け(結核予防法23条)(資料3)を最寄りの保健所に提出しなければならない。

 「特に感染性と考えられる肺外結核」とは結核性リンパ節炎や結核性慢性膿胸で瘻孔を生じ結核菌が農汁として体外へ排出されている場合である。この場合には結核患者を収容する施設を有する病院(結核療養所など)にて入院治療しなければならない。






フローチャート3、肺結核であることが判明した時 の同室患者ならびに医療従事者への対応)

第3章 肺結核であることが判明した時の対応
1 対応にあたり考慮しなければならない事項
 肺結核患者の転院後あるいは緊急避難的に引き続き入院をしている時は次の2つの事項について詳細に調べ、対応策の参考としなければならない。

 (1)患者の排薗の程度と接触していた期間(感染危険度指数)
 患者の排菌の程度は喀痰の塗抹検査のガフキー号数がその目安となる。ガフキー号数は1号より10号まであるが、7号以上を「大量排菌例」、2号以下を「微量排菌例」としその中間の3〜6号を「中等排菌例」としている。塗抹陰性、培養陽性の時には「微量排菌例」として判断している。検査を複数回行いガフキー号数の異なるときには最大号数を用いる。気管支洗浄液や胃液検査の塗抹検査は洗浄液を遠心分離濃縮しているので定量的な比較は出来ない。この場合には喀痰検査で陽性でない時には「微量排菌例」としている。喀痰検査は長い経過中の一時点のみを見ていることを考慮する。

 患者と接触していた期間(月)は時間的なことであるが、合わせて接触状況も重要である。入院中同室であったか、同病棟であったかなど。同様に家庭で同居、時々訪ねるのみ、あるいは職場等でデスクが向かい合わせもしくは同室など詳細に調べる必要がある。接触が濃厚であるほど対応を強化しなければならない。

 これらを検討するために、本来は疫学的な目的に用いられるが感染危険度指数を応用することが出来る。
感染危険度指数=最大ガフキ号数×咳そうの持続期間(月)
感染危険度指数が10以上の時は最重要
      0.1〜9.9の時は重要として対応している。


(2)患者ならびに医療従事者の免疫状態あるいは体調について
 結核に未感染や細胞性免疫の低下している場合は感染発病の危険が極めて高い。同室患者が免疫抑制剤や副腎皮質ステロイド剤の投与中の場合には最も注意しなければならない。
 一方結核の既往があるかツベルクリン反応が既に陽性の場合には濃厚な感染の機会のない限り「外来性再感染」は少ない。

 感染源が微量排菌例であり、同室の患者が免疫異常を来すほどの全身性疾患でない限り発病の危険は低いと考えられる。しかし感染源が特定できず、大量排菌例に接していることが分からなかった例もあり、詳細に状況を調べ総合的に判断しなければならない。

2 同室患者に対する対応
 感染危険度指数がO.1以上の時は対応を考えなければならない。特に発熱や呼吸器症状を訴える時には同室患者の胸部X線検査や喀痰検査を行う。
感染があったか否かはツベルクリン反応により推測する。過去のツベルクリン反応の測定値が分かっていれば判定に役立つが実際には不詳の場合が多い。過去のツベルクリン反応結果に比べ発赤径が大きい時、二重発赤や水泡などを伴う時には感染があったものと考えている。結核症では「感染」がすべて「発病」とはならない。発病には免疫状態が大きく関与する。
 結核が他の感染症と大きく異なることは感染が全て発病するとは限らないことと潜伏期が一定していないことである。感染の機会があった場合には少なくとも2年間は厳重な監視をする必要がある。

3 医療従事者に対する対応
 医療従事者に対する対応は同室患者に対する対応と基本的には変わりない。患者との接触状況について詳細な調査が必要である。
 医療従事者のツベルクリン反応検査はBCG接種または自然陽転で陽性となっているものが多い。過去に施行したツベルクリン反応測定値があれば比較する。あるいはツベルクリン反応の二段階試験(P.5参照)を施行していればその測定値を参考とする。
 対応を検討する時は患者との接触状況などを詳細に追跡し専門家を交えて検討することを勧める。

4 予防内服
 感染の機会があった後にツベルクリン反応が自然陽転した場合あるいは過去のツベルクリン反応結果に比べ発赤径が大きい時、_重発赤や水泡などを伴う時には「予防内服」を検討する。特に29歳以下の場合には予防内服を勧める。
 予防内服に関する年齢の規定は一般住民を対象としたものであり、30歳以上でも状況に応じ予防内服は行っている。
 実際に医療現場ではツベルクリン反応を実施するとツベルクリン反応測定値が大きく、予防内服対象者が予想を上回り相当数になることが多い。予防内服の実施に当たっては患者との接触状況の分析を詳細に行ない総合的な判断をする。

 予防内服はヒドラジド(INH)を6ヵ月間投与する(29歳以下の場合には結核予防法34条による申請を行い公費負担を受けることが出来る)。
 感染源の結核患者の薬剤感受性試験が多剤耐性結核例と判明した時はヒドラジド(INH)だけの予防内服では不十分であり専門家と相談する。

 予防内服は予防手段に過ぎず、予防内服を行ったが発病したという報告は数少ないもののある。したがって予防内服を行っても警戒を緩めることは出来ず、少なくとも2年間は厳重な経過観察が必要である。

5 病室や寝具の消毒
 患者の病室については換気が十分に行われていれば、浮遊する結核菌の菌量は希釈により少なくなり自然界の状態と同じになるはずである。またペッド、床頭台等についても明らかな汚染(例えば喀痰や膿汁が直接付着する)がなければ新たな感染を引き起こすには無視し得る菌量と考えられる。したがって清掃、消毒は他の細菌の感染予防対策と同様でよい。特に汚染があったと思われる箇所は消毒用エタノールまたは両面界面活性剤で拭く。寝具については日光消毒(2〜3時間で有効と言われている)、紫外線照射が有効である。蓄痰コップやガーグルベースなどは塩酸アルキルポリアミノエチルグリシン製剤などの溶液に定められた時間漬ける方法を行っている。
 かつて消毒にはクレゾールが広く用いられたが環境規制から使用されなくなった。消毒用エタノールや両性界面活性剤の他には次のようなものもが市販されている。

 グルタールアルデヒド、ヨードホルム製剤、速乾性擦式消毒薬(塩化ペンザコニウムあるいはグルコン酸クロルヘキシンジン含有アルコール製剤)など(文献3)

6 定期外検診
 医療機関では職員に対し定期的に健康診断が義務づけられているが、重大な感染機会があったときには「定期外検診」を行うことが定められている(文献4)
 結核症の患者発生が判明したときには「院内感染防止委員会」で詳細な情報を収集し対応を検討していく。結核症は発病していても臨床症状を全く欠き、胸部X線写真を撮って初めて診断のつくことすらある。従ってたとえ全く症状がなくとも感染発病が疑われる状況では定期外健康診断を行う必要がある。

第4章 院内感染防止委員会
 結核の院内感染防止対策は「院内感染防止委員会」を中核として情報収集につとめ、迅速かつ強力な指示を行っていかなければならない。

 病院により結核患者の受診する割合は異なり、結核患者の受診数が多い病院は結核感染に曝される危険度が高い。結核と診断された症例数を過去数年間にわたって調べておくことは感染予防対策を検討する上で役立つ。
 米国のように結核罹患率が低い国では年間6例以上あれば危険度は高いとしている。我が国においては特に結核のハイリスクグループ(例えば行路者や簡易宿舎生活者)を抱える病院を別にすると平均は11〜12例ぐらいとされている。これを一つの目安として結核患者数が多いならば院内感染防止委員会の討議課題に取り入れて、外来、入院部門の結核に対する警戒を強めなければならない。

 万一結核の院内感染が発生したときにはまず感染源の特定を急がなければならない。しかし他の一般感染症のように潜伏期が一定していないため感染源が特定できない場合が多く、過去に遡って調査をしなければならない。このような調査は病院全体として取り組み、院内感染防止対策委員会において強力な指導力の下に対策を進めていく必要がある。






フローチャート4、外来の結核診療システム


第5章 部門別の院内感染防止対策
1 外来
 外来部門はさまざまな疾患の窓口であり、多くの患者が接触する機会となるので院内感染防止対策上重要視しなければならない。
 肺結核患者から他の外来患者ならびに医療関係者への感染防止の対策には次のようなものがある。

1)外来にマスクを用意しておき、激しい咳そうのある患者あるいは結核の疑いのある患者にはマスクを着用してもらう(先に述べた微粒子用マスクではなくサージカルマスクまたは市販のマスクで良い)。
2)咳そうが激しく、結核が疑われる患者は他の外来患者と長時間にわたり待たせる ことなく早めに診察(「優先診療」制度)を行う。
3)免疫機能が低下している患者は外来診察室の区分けをするとか診療時間をずらす などの配慮をする。


 結核の疑いのある患者が受診した時には出来るだけ速やかに排菌の有無を検索する。肺結核患者の採痰時には大量の結核菌が飛沫となって飛散する危険が高い。従って採痰時には「換気装置のある採痰室」があれば最も良いが、ない時には周囲に飛沫があっても危険のない様に他の患者のいない場所にて採痰をしてもらう。

 外来では喀痰検査を行った受診日から次回再診日までに時間がある。患者が帰宅し、後にその喀痰検査結果が判明する事が多い。検査結果が結核菌陽性の場合には直ちに細菌検査室から外来診察医に報告し、患者の再診を早めることが出来るようなr外来の結核診療システム」(フローチャート4)を確立しておく必要がある。

2 救急外来
 救急外来患者は十分な情報がないまま救命処置を開始しなければならない。そのため知らず知らずのうちに肺結核患者から結核菌の大量曝露を受ける危険がある。
 救急外来ではあらゆる危険性を想定し、結核症が否定されるまでは結核患者として対応しなければならない。咳そう、喀痰のある患者は無論その他の場合であっても胸部X線検査はルーチン検査として行う必要がある。また救急外来で気管内挿管のような場合には術者は必ず微粒子用マスクを着用する。

3 気管支鏡を扱う内視鏡検査部門
 結核性病巣が強く疑われ繰り返し喀痰検査を行ったが結核菌が証明されない時に、気管支鏡下に病巣部の生検あるいは気管支洗浄液を採取し結核菌の検査を行う。この場合には気管支鏡下の機械的操作により病巣部から結核菌が大量排薗をすることがある。このようなことから気管支鏡検査時には術者や介助者は微粒子用マスクの着用は必須である。さらに検査室の換気にも努める必要がある。

4 手術室
 術前検査で結核菌が証明されている場合には手術に従事する全職貝に予め周知徹底しなければならない。その上で麻酔医や執刀医を中心に対応を指示していく。手術室は密閉された室内であり、一度結核菌の飛沫があれば濃厚感染の危険が高い。
 手術室ではガウンテクニックやマスク着用は常時行われているが、マスクは微粒子用マスクの着用をし、ガウンは使用後に焼却処分の出来るものを用いる。麻酔器の細菌除去フィルターは使用後に交換し、麻酔器本体の消毒は機種により専門家の指導の下に行う。
 摘出臓器に結核病巣がある時は無論、結核病巣以外の臓器であっても結核菌の血行散布の可能性も考慮して、取り扱いは十分な注意が必要である。特に飛沫を伴う手術操作の場合は十分な防御をしながら行う。摘出臓器は出来る限りホルマリンの固定後に臓器検索を行う方が望ましい。摘出臓器の病理学的検索を病理検査科に依頼する時には十分な臨床情報を通知しておく。

5 人工透析室
 慢性腎不全で人工透析中の患者は細胞性免疫の低下していることが多い。人工透析中の患者が不明の発熱を示す時には結核症を鑑別診断に加えなければならない。
 止むを得ず結核患者の人工透析を行う時には、他の人工透析患者から隔離するか時間をずらし十分な換気を図るなどの注意をする。細胞性免疫が低下している人工透析患者に結核を合併すると非定型的な病像を示すことが多い。粟粒結核のような血行散布型が多く、この場合には喀痰検査に加え血液や骨髄の結核菌検査が診断に有効である。

6 細菌検査部門
 結核菌を含む検体を直接扱う業務であり、操作が不注意であれば感染の危険は高い。
 検体の摩砕、脱拌、ピペットによる吸排出などや白金耳の焼灼時には細心の注意と基本的操作を守ることが重要である。細菌検査室には「安全キャビネット」を備え、結核菌の取り扱いや遠心操作はその中で行うことを習慣づける必要がある。
 検査室内の換気、特に夏場の空調(エアコン)の風向き、風量については注意する必要がある。

 細菌検査室についてつけ加えなければならないことは検査結果の通報システムである。喀痰の検査結果は報告用紙で主治医に通知されるため、事務処理、主治医の手元に届くまでの移送時間そして主治医が報告を見るまでに相当の時間を要している。そこで結核菌の検査報告に関しては検査室で陽性と判明した時点で直接主治医または病棟責任者に連絡するシステムに改める(フローチャート4)

7 病理検査室
 病理検査関係者の結核感染発病が多い。中でも病理解剖や迅速標本を作成する病理検査関係者に多い。病理検査で病巣を検索するうちに飛沫感染が生じていることが最も考えられる。ボーン ソウーは病巣部位の飛沫を生じる危険が高いので取り扱いに注意し、吸塵装置の付いた器具が望まれる。病理解剖室内では微粒子用マスクの着用と検査室内の換気が重要である。
 結核と診断されているまたは疑いのある臓器の切り出しはフォルマリン固定48時間後に行うなどの注意が必要である(文献5)

8 小児科病棟
 乳幼児や小児は結核に未感染であるので院内感染防止対策上は最も注意しなければならない。一般成人病棟についても同様であるが、小児病棟に勤務する医療従事者は健康診断の重要性をあらためて認識しなければならない。医療従事者自らの注意に加えて、病棟責任者は咳そうや喀痰のある職員について注意を払い受診を勧めることを行わなければならない。
 一方乳幼児や小児の保護者が肺結核患者で入院付き添い中に同室の入院患者に感染、発病させていた事例もある。入院患者のみならず病棟に入る付き添い保護者の呼吸器症状の有無についてもたえず注意しなければならない。乳幼児や小児の結核の多くは家族内感染によるものが多い。症状が発見されるのは乳幼児や小児であるが、感染源はその保護者や同居する家族にあると考える方がよい。

9 精神病棟、重症心身障害児病棟
 精神病棟、重症心身障害児病棟では入院期間が長期であるので、結核の院内感染防止について特別の注意を払わなければならない。入院患者の中には結核の既往があり加齢に伴い内因性再燃を起こす患者も見られる。また自覚症状を正確に訴えることが困難であり、呼吸器症状が見逃され易い。
 精神病棟、重症心身障害児病棟では入院時に必ず胸部X線検査を行い、さらに定期的(年1回)に検査を行っておくことが勧められる。そして胸部X線読影は専門家の読影を加えたダブルチェックを行うことが勧められる。

10 その他
 極めて稀ではあるが結核の集団感染、院内感染例に接種結核例がある。ジフテリアや百日咳の予防接種後、点耳薬のスポイトを介した中耳結核、関節内ステロイド注射による関節結核などである。いずれも医療器具や薬液の結核菌による汚染があり、それを接種した事による。医療器具の適切な取り扱いと消毒、薬液の厳重な管理に改めて注意を払わなければならない。

第6章 その他の対応
1 非定型抗酸菌症
 喀痰塗沫検査陽性であってもその後の同定検査あるいは核酸増幅法による検査で非定型抗酸菌と判明した時には、一般病院で入院または外来で治療を行うことが出来る。
 非定型抗酸菌症は人から人への伝染はないことがほぼ明らかになっているからである。もし結核療養所に命令入所をした後に非定型抗酸菌症と判明した時には、平成8年1月より命令入所を解除する事となった。(文献6)
 一般病院における非定型抗酸菌症例で留意しなければならないことは細胞性免疫の低下し易感染性状態の患者との同室は避ける事である。特にHIV/AIDS患者との同室は絶対に避けなければならない。

2 在日外国人結核
 結核の蔓延する国から来日した在日外国人に結核患者が多いことが報告されている。結核予防法は国内で発見された結核患者に対しては国籍を問わず適用されている。法制上の特別な規定はないが結核等の感染症については属地主義により外国人についても日本国民との別なく様に適応されるものとなっている。結核予防法の公費負担に関しては外国人登録の有無に関わらず申請することが出来る。






(フローチャート5、結核に関する諸手続と公費負担申請)


第7章 結核に関する諸手続と公費負担申請
 医師は結核と診断した時には2日以内に「患者届出」を最寄りの保健所にしなければならない事が定められている(結核予防法22条)(資料2)。

 次に結核患者が入院した時(入院中であった患者が退院をする時)には病院管理者は最寄りの保健所に「患者入院届」(結核予防法23条)(資料3)を出さなければならない。

 結核の治療の公費負担を受けるためには一般病床では結核予防法34条の申請を行う(資料4)。結核予防法35条は命令入所の場合で一般病床にて記載することはまずない。これらはいずれも患者またはその保護者が患者の居住地の保健所を経由して都道府県知事に申請することになっている。一般的には結核予防法35条は喀痰塗抹陽性の肺結核等に適用される。一方結核予防法34条はそれ以外で結核治療を行う場合に適用される。

 結核予防法34,35条の提出にあたっては結核予防法審査の参考となるように胸部X線写真の提出が求められている。なるべく直近に撮影した胸部X線写真であることと、結核病学会分類でI型(広範空洞型)やI型(非広範空洞型)の時には空洞病変が確認できるように胸部断層撮影を合わせて提出する方がよい。化学療法の「継続」で申請する時には経過が判読できる過去の写真も合わせて提出することが望ましい。

第8章 職員及び看護学生等の健康管理
 職員の保健に関する事項については、「国家公務員法」及び「人事院規則」に規定されている。「人事院規則」においては、施設長が所属の職員の健康の保持増進に必要な措置を講ずることとされている。健康診断の具体的な実施方法等については「厚生省健康安全管理規程」、「国立病院等健康安全管理細則準則」及び「厚生省通知」により取り扱うこととされている。
 また、看護学生等の健康診断については「学校保健法」、「結核予防法」及び「国立病院・国立療養所付属看護学校学則準則」等により学校長が実施する旨規定されている。
 いずれも胸部X線検査については、年1回の実施が明記されている。

 医療機関における結核対策については、平成5年に日本結核病学会予防委員会から「医療関係者の結核予防対策について」が勧告され、平成9年12月にも同様の勧告が出され注意が喚起されているところであり(資料5,6)、結核患者と接触する可能性のある新規採用者や看護学校等の入学生については、ツベルクリン反応検査を実施することが勧められている。また、結核療養所に限らず一般病院においても結核患者と接触する可能性があることから、新規採用時の検査ならびに定期健康診断は非常に重要なことであり、職員が結核を発病した場合においては、公務災害との因果関係の判断にもつながることとなる。

 日本結核病学会予防委員会「医療関係者の結核予防対策について」によれば29歳以下の医療従事者でツベルクリン反応陰性者には原則としてBCG接種を勧めている。そして翌年ツベルクリン反応を再検し陽転化していることを確認する。
 ツベルクリン反応が陰性でBCG接種を技術的に正しく行なっても、陽転化しない「難陽転者」が稀にある(1%から数%といわれている)。BCG接種後でツベルクリン反応陰性者は再度BCG接種を繰り返すがそれでも陰性であることがある。この場合にはツベルクリン反応陰性でもBCG効果はあるといわれている。「難陽転者」はこのようなことを十分確認した上で結核病棟への配属は可能と考えられている。例えば看護学校で入学時にツベルクリン反応陰性であった時には、1年目にBCG接種を行い結核病棟の実習は控える。2年目も同様であった時には再度BCG接種を行う。3年時のツベルクリン反応が陰性であった時、すなわちBCG接種に「難陽転者」と考えられるときには、結核病棟の実習は可能と考えている。

 結核感染の危険度の高い医療機関にあっては、医療従事者自らも健康管理に努め、健康管理者が行う健康診断は必ず受ける必要があるが、職場責任者としても職員の健康管理状況について絶えず注意を払う必要がある。

文献
平成5年改訂「ツベルクリン検査・BCG接種。その手技と考え方」徳地清元、 森亨。財団法人結核予防会
ATS "Control of tuberculosis in the United States" Am Rev Respir Dis 146:1623-1633,1992
松原肇、島田慈彦「結核菌の消毒」 Infection Control 6:424-428,1997.
「結核定期外健康診断ガイドラインについて」 健医感発第68号平成4年12月8日
宍戸真司「解剖従事者への感染」 Infection Control 6:396〜400,1997.
「結核予防法による入所命令の対象及び命令入所の期間について」 健医発第536号 平成7年12月26日






結核の院内感染防止マニュアル作成委員会名簿
施 設 名 役 職氏 名
国立水戸病院 副院長 池田 成昭
国立大蔵病院 副院長 黒田 重臣
国立長野病院 副院長 武藤 正樹
国立療養所東京病院 副院長 四元 秀毅
国立療養所神奈川病院 副院長(委員長代理) 藤野 忠彦
国立療養所南横浜病院 副院長 田辺 清勝
国立療養所中信松本病院 副院長(委員長代理) 小松 彦太郎
国立療養所近畿中央病院 副院長(委員長) 森  隆
(財)結核予防会結核研究所 国際協力部 副部長 下内 昭
*施設名と役職は平成10年3月現在